原田イチボ

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「ポケモンGO」を侮蔑したやくみつるを絶対に許さないぞという話

 「ポケモンGO」のご利益によって偏差値は20上がって第一志望に受かり、事業は成功、さらに自宅の庭から石油が湧いてくるであろう。というのは言い過ぎですが、「ポケモンGO」のおかげで家族の会話が増えたし、犬も散歩回数が格段に増えたし、一家みんながウルトラハッピー。「ポケモンGO」さまさまですね~。 「ポケモンGO」によって生活が薔薇色になったからこそ、ゲームが叩かれている現状に心を痛めています。やくみつるめ、許さないぞ! やく先生はタクシー運転手に「最近丸くなった」と言われてしまったところに今回の話題が来たので言い過ぎてしまった部分があるそうですが、自分の毒舌スタイルに「ポケモンGO」を利用しないで! もっとどうでもいいものを叩いて! 有名人の吸い殻とかトイレットペーパーの包装紙とかさ! ……えっ、集めているんですか? これは失礼なことを言ってすみません……。 そういうわけで、まるで「ポケモンGO」を巨悪のように報じるメディアに心を痛める毎日です。なかには「お前、絶対触ってもいないだろ!」と感じる芸能人がゲームを批判していて悲しい。批判それ自体よりも、自分の好きなものが世間的に「サンドバッグ的に叩いてみてもOKな存在」扱いされていることが大変辛いですね。どうでもいいけど、ご意見番的な某芸能人が、明らかに事実誤認と思われる意見をブログに書いていたので、相当言葉を選んで「そのデータは違っていますよ」とコメント欄に書き込んだんですが、どうも弾かれたっぽくてなんだかな~。 歩きスマホをしなくてもプレイできるとか、反論したい部分はいろいろありますけど、それはまぁ他の人がやってくれていることなので、せっかくなので私は「ポケモンGO」のどんなところが好きかという話をしようと思います。 ポケモン探し以上に、ポケストップ探しが楽しい。「ポケモンGO」をプレイしていない方のために一応説明すると、ポケストップとは、ゲーム上のマップにいくつも現れるアイテムなどの配布スポットのことで、大体そのエリアのランドマークや旧跡、名所などが登録されています。街歩きが好きな自分にとって、周辺の注目スポットを把握できるという意味でも「ポケモンGO」はめちゃくちゃありがたいのですが、より好きなタイプのポケストップがあります。ちょっと変なイラストの書かれた看板や店先の狸の置物、やや気合を入れて描いていそうなシャッター絵など、確かに一瞬目に付くかもしれないけど、地域のランドマークというにはしょぼすぎる。要するにその地域の「るるぶ」的ガイドを何冊買っても絶対載ってないだろうなという場所のポケストップです。 ポケストップはイングレスのデータをそのまま引き継いで決められているとかなんとか、ある場所がポケストップに登録されるまでの仕組みをいまいちわかっていないのですが、とにかくただのゲームユーザーが街で目について「ここをちょっと拠点にしてみよう」とかつて公式に申請したものが現在ポケストップになっていることは間違いないっぽいです。 「これは名所と呼ぶにはどうなんだ?」というものがポケストップ化されているのは、その奥にある何者かの存在を感じて嬉しくなります。この世のどこかに、この何気なく貼られた青いタイルに美しさを感じた人がいるんだなぁ。この世のどこかに、この猫のオブジェに可憐さを感じた人がいるんだなぁ。 ただ暮らしているだけでは見過ごしてしまいそうなものたちが、ポケストップとなることで、鮮やかに目の前に現れること。そうやって“発見”してみて初めて「確かに言われてみれば味わいがあるな……」と気づくのですが、そんなわかりにくいタイプの趣を見逃さなかった人が過去いたという事実そのものが愛しいし、この世は祝福されてんなと感じます。 森茉莉は『貧乏サヴァラン』の中で、「本当に豊かな人とは、今日のスープは良い色だというようなことにも幸福を感じられる人」(めちゃくちゃうろ覚え)ということを言っている。自分の中で「ポケモンGO」は、そんな豊かさを教えてくれるゲームなのでした。週末は初めての街を歩いてみようと思います。

ゆるめるモ!のライブで『アマデウス』を思い出した話

※すべては女オタの妄想。悲劇の始まりは、もねちゃんが「ゆるめるモ!」のコンセプトとは真逆と言っていいほどの、プロ意識の持ち主だったことから始まるのかもしれない。“脱力支援アイドル”をうたうモ!のオリジナルメンバーであるもねちゃんは、メンバーであると同時に振付師でもあり、正統派とはいえないグループのなかで、ひたすらに“お姫様”を目指し続けた。あまりに悲しすぎる事実だけど、きっとそんな始まりの始まりの部分からズレは生じていた.一方、あのちゃんはモ!を体現するような存在だった。生きづらさを抱えた少女はアイドルを目指していたわけではなく、異世界にふらっと迷い込むようにモ!に加入した。AKB48を始めとして多くのアイドルグループは体育会系の空気をまとっている。そこでは多かれ少なかれ根性が評価されて、流した汗の量が美談になる。そんなアイドル界のなか、いくらモ!が知名度を上げていっても、あのちゃんはマイペースを貫いている。休みたいときは休む。ノリたいときはノる。それでも(実際は“それだからこそ”なのだろうけど)あのちゃんは、モ!でずば抜けた人気を誇っている。あのちゃんは、何かを目標にするのではなく、ありのままの姿で、本人の意図しない何かのメッセージを発信し、それはときに宗教的に支持されてきた。あのちゃんは、正統派なグループでは通用しないアイドルだった。でもモ!というグループでは、これ以上ないほど正しい存在だった。むしろモ!という異質なグループにおいては、極端な話、もねちゃんのほうが浮いた存在だったのかもしれない。ふたりは対になるような存在だった。中学生のとき、音楽の時間に『アマデウス』を見た。今となってはぼんやりとした記憶しか残っていないけれど、中学生の私はこの映画で一番悲しい部分は、サリエリがけっして凡才ではなく、むしろ才能に恵まれた人物だったことにあるように感じた。輝かしい才能も、神に祝福されたというしかない圧倒的なものを前にすれば、簡単にねじふせられてしまう。もねちゃんは歌も上手い、ダンスも上手い、華奢でかわいい。でも、あのちゃんには圧倒的な何かがあった。そして、その“圧倒的な何か”はモ!というグループに奇跡のようにハマッた。誰も悪くない結果なのだろうと思う。運営がもねちゃんのフォローをもっとできたのではないかというやり切れなさがまったくないといえば嘘になるけれど、誰にもどうにもできないすれ違いというものはある。自分はモ!に関しては基本的に在宅で、ライブやリリイベに何回か足を運んだ程度でしかない。でも一推しのもねちゃんが7月10日にちーぼうと共にグループを卒業することが決定して、6月12日の「女めるモ!」で1年ぶりにライブに行った。もねちゃんはかわいかった。誰も文句がつけられない、最強のプリンセスだった。なんで今までちゃんと推していなかったんだろう?終演後、もねちゃんと初めてチェキを撮った。「今年の夏はどうするの?」と聞いたら、もねちゃんは「今それを迷ってるの」と答えて、「歌舞伎町で弾き語りとかしてるかも」といたずらっぽく笑った。いろんなことが変わっていく。もねちゃんは日常に帰り、いつかもらったサインやチェキだけが残る。それらは見返すたびに「これを書いた女の子は、今では普通の女の子なんだ」という感傷で小さく胸を刺してくるのだろう。バレエの要素を取り入れた、ふわふわとしたモ!の振り付けも大好きだったのだけれど、今後はどうなるのかわからない。もねちゃんが「アントニオ」の振りを最後に残してくれたのは、とてもいいことだと思う。ライブでは、もねちゃんとあのちゃんが並ぶたびに、胸に迫るものがあった。この正反対なふたりが肩を並べれば、なんでも出来たんじゃないか。でも、そんな未来はない。もねちゃんはサリエリほど卑劣ではなかった。だからモーツァルトは、まばゆいばかりの才能をこれからも気ままに発揮していく。もねちゃんは、ある意味あのちゃんよりも遥かに不器用な人間だった。だからこの『アマデウス』の話はここで終わる。願わくば、もねちゃんのこれからが、明るく楽しいものでありますように。

BiSに乗り遅れたオタクがエビ反りダンスで成仏できた話

 私はBiSに乗り遅れたオタクだった。 アイドルに本格的にハマったのは2013年春ごろ。もうBiSはバリバリ活動していたし、面白いアイドルとしていろいろ話も耳にしていた。周りにも研究員がたくさんいた。ただ当時MIXを暗記するのに必死だったレベルの自分にとって、BiS現場の壊れぶりは「まだちょっと早いかな」と感じていた。リフトとか客席で脱ぎだすとか、ぶっちゃけ研究員が怖かった。私が最初で最後に見たBiS現場は、取材で行った、解散発表後に行われた東京・新宿ステーションスクエアのフリーライブで、話の通り研究員の盛り上がりは駅前ライブといえど凄まじいものだったのだけれど、その激しさを目の当たりにしたとき、心の底から「あ、自分乗り遅れたな」と感じた。モッシュも最前も人並みにはこなせるようになった今、BiSはもういない。 4月29日に日比谷野音で開催されたBILLIE IDLE®の「ANARCHY TOUR FINAL "IDLE is DEAD!?"」に行ったのは、元BiSメンバーでのMCくらいはあるんじゃないかと期待していたからだった。というより念じていた。TIFでプラニメのお披露目を見てみたり、テンテンコのお渡し物販イベント「おみせやさん」に行ってみたり、みみっちく元BiSメンバーの動向を追っていた私だが、やはり彼女たちがステージ上で横に並ぶ姿が見てみたかったのだ。少しでも伝説の残り香のようなものを味わいたかった。 沸き目的のオタクをトリップさせるような不穏なDJプレイで聞かせたテンテンコ、「今日はルイフロのワンマンにありがとう!」のMCに「ああ、プールイだなぁ」としみじみ思わされたプールイのLUI FRONTiC 赤羽 JAPAN、オリジナルメンバーのはずなのになぜかここでも(良い意味で)浮いているコショージメグミのMaison book girl、「BiSで目立たなかったぶんここでは目立ちたい」という研究員にはうれしいネタのミニコントを繰り広げたカミヤサキのPOP、そして今回のライブのメインアクトであり、ケレン味だけじゃない圧巻のパフォーマンスで魅せたBILLIE IDLE®。初めて見る演者ばかりだったけれど、どれも楽しかった。あと誠実だなぁ、とも思った。BiSというグループが伝説的存在だったぶん、その後の活動はどうしたってハードルが上がる。でもこれだけのクオリティのものを、着実な成長を見せていっているんだったら、そりゃ研究員の信仰は続いていくよな。グループ卒業後も推しを安心して応援していけるって、オタクとして一番うれしいことなんじゃないか……。 こんなBiS同窓会的なイベントなんて開催しないほうがかっこいいんじゃないかという意見なんて、元メンバーたちだって百も承知だろう。でも彼女たちは今回に限らず、去年も「BiS一周忌」というイベントを開催するなど、“BiS”を完全には終わらせず、細い糸のようなものは繋ぎ続けている。スパッと断ち切ったほうが、伝説としては美しいだろうに。でもそれをしないのは、やはり誠実さなのではないかと思う。私の大好きなでんぱ組.incはBiSの目標だった武道館ワンマンだけでなく、国立代々木第一体育館での2daysも成功させたし、海外ツアーまで開催している。要するに集客としてはBiSより遥かに上なのだけれど、アイドル史にどちらのほうが強烈に名前を刻んだか? と聞かれると、悔しいけどBiSだろうなと思う。BiSはもはや伝説で、何年後も何十年後も歴史上のものとして語られる存在にまで化した。BiSによってアイドル現場にロックやパンクのノリが持ち込まれたと言われているけれど、それまでのムーブメントを一変させるって、それはやっぱりすごすぎるっす。 そんな存在だからこそBiSは解散から約2年経った今も人々の口に上り、その凄さは伝わり続け、私のように間抜けなオタクを「乗り遅れた」と後悔させ続けている。BiSはすでに数人の少女たちだけの手に収まるものではなくなっている。それがわかっているからこそ、彼女たちは伝説を美しく終わらせるのではなく、ややみっともないとしても、遅れてきた人々のためにもたまに伝説を復活させる道のほうを選んだのではないだろうか。今の女性アイドルシーンにおいて、「男性アイドルのように年齢を重ねてもアイドルを続けていくグループは現れるのか?」というのはひとつの大きなテーマになっていると思うのだけれど、2年前に解散済みのBiSが同窓会のような形で、それを実現してくれるのではないかと期待している。 2年以上遅れて、やっと客席で聞くことができた「nerve」。元研究員が多いから当たり前っちゃ当たり前なんですけど、野音に集まった全員がしっかり踊れるあたり、やはりアンセム! 客席の前方では盛り上がった研究員が押し寄せて、警備員と揉みくちゃになっているのが見えた。今度こそエビ反りダンスに参加しながら、私は乗り遅れたオタクとしての自分が成仏できたような気持ちになったのでした。遅刻したけど、今から研究員になります。